

人と自然がともに再生する道東を目指して。リジェネラティブデザインの可能性を学ぶ

みなさんこんにちは!酒井梨花と申します。
標茶町で育ち、釧路市にある大学を卒業した後、現在は浦幌町で新卒1年目として働いています。
さて、そんな私も暮らしている道東では、古くから自然と人とが共存して暮らしてきました。
そんな道東で生きる私たちは、シカやクマなどの獣害・地球温暖化をはじめとした環境変化の中で道東の自然と共に生きるためのバランスを、見つめ直すタイミングに立っているのではないでしょうか。
そんなタイミングで、2025年1月31日、弟子屈町でトークイベント「リジェネラティブな道東の未来」が開催。
このイベントは、道東の自然や社会と共にそこに住む私たち自身も健やかに生きるためのヒントを考えることをテーマに実施。
充実の2時間にわたるイベントの全貌を、レポート形式でお届けします!
基調講演:リジェネラティブな道東の未来/植原正太郎さん
今回のイベントは2部構成。
第一部は、NPO法人グリーンズからお越しいただいた植原正太郎さんの基調講演です。
「リジェネラティブ」という言葉に馴染みのない参加者に向け、その概念を紐解いてくれる案内人です。
植原正太郎(うえはら・しょうたろう)さん
1988年4月仙台生まれ。慶応義塾大学理工学部卒。
新卒でSNSマーケティング会社に入社し、2014年10月よりWEBマガジン「greenz.jp」を運営するNPO法人グリーンズにスタッフとして参画。
2021年4月より共同代表に就任し「いかしあう社会」を目指して健やかな事業と組織作りに励む。同年5月に熊本県南阿蘇村に移住。
基調講演はこんな問いから始まりました。
植原:
「100年後、私たちが暮らす地球は今よりもいい状態だと思いますか?挙手をして教えてください!」
会場のほとんどの参加者が、「今よりも悪い状態」に手を挙げます。
私自身も毎年話題になる猛暑、気候の変化はニュースで聞かずとも肌身で感じており、浜辺に行けばプラスチックごみが落ちていることを思い浮かべました。
植原:
「脱炭素や再生可能エネルギーなどのキーワードが出てきているなか、2024年はCO2の排出量も過去最高だったというリサーチが出ています。
こんなに悪化し続けている状態ですが、そもそも自然環境が社会のベースにあります。自然環境があるから、僕らが社会を形成できて、その社会のために経済がある。この経済と社会が自然環境を過剰に利用し、破壊を続けてきた。そうすると自然環境が劣化したり、そもそものシステムが担えなくなり、社会と経済も持続不可能になるといったことが起こると思います」
植原:
「日本の土地は、手を入れないと森にかえってしまうという特徴を持っています。この阿蘇の草原は、毎年3月に野焼きをすることでこの草原の状態を保っています。僕は最初、『環境破壊なんじゃないか』と思っていたんですけど、実はそんなことはないんです」
野焼きで出た炭が土中にたまっていくことで、多量に炭素固定(大気中の二酸化炭素を樹木や海洋、土壌などに吸収・蓄積させる働きで、地球温暖化対策として重要な役割を担っている)がされるのだそう。
また、草原が保たれることにより動植物の多様性も維持され、絶滅危惧種のチョウの生息地にもなっているそうです。
植原:
「この草原の事例から、人が手を入れることによって再生していく自然もあることを学びました。人間が自然を再生するというあり方を、世の中全体に広げていくことができないか。それをリジェネラティブデザインと呼んで、探究を始めました」
植原さんたちは、「リジェネラティブデザイン」を「自然環境の再生と同時に、社会と私たち自身も健やかさを取り戻す仕組みを作ること」と定義しています。
植原:
「シーベジタブルという企業をご紹介いたします。いま日本全国の海で海藻が採れなくなっています。海水温上昇や磯焼けなど様々な理由が絡み合っています。食品加工会社も原料の調達に窮しています。
そこで、彼らは陸上で海藻養殖する技術を開発して、養殖のりを販売しています。
さらに、最近では海面でも海藻養殖を始めています。海面で海藻を育てることによって、そこが藻場になり、生態系のバランスをも取り戻そうとしているんです。
事業として海藻を育てることによって、海の生態系も再生していくことにもチャレンジされているんですよ」
植原さんたちはこのようなリジェネラティブデザインな取り組みを取材する中で、実践している方々の着眼点や視座が共通していることに気づいたそうです。
それが「7つのデザインコード」と呼ばれるもの。詳細はぜひ、greenz.jpの連載やスクールサイトをご覧ください!
https://greenz.jp/project/regenerative-design
https://regenerative-design.college
植原:
「リジェネラティブデザインを実践する上では、『内なる自然を持つ』という態度が大事だと思っています。どこまで自然に手を入れたら元に戻らなくなるとか、ここまでだったら大丈夫だとか、そういうものを現代人が持つことで、過剰に利用したり破壊することが無くなるのではないか。
それをどうやって達成できるかを考えると、日常からどれだけ自然に触れられるか、そして自然の中で遊べるかということが重要なんです」
第2部:パネルディスカッション
第2部のパネルディスカッションでは、木名瀬佐奈枝さん、村上晴花さんを登壇者にお招きしました。
木名瀬佐奈枝(きなせ・さなえ)さん
1996年に弟子屈町へ移住。
アウトドア会社を20 年間共同経営したのち独立、ランドオペレーター、デザイナー、ライターとして活動。
2020年に一般社団法人 TESHI-COLORを設立、弟子屈町のサステナビリティ・コーディネーターを務める。
2023 年から一般社団法人サステナビリティ・コーディネーター協会 業務執行理事として、全国の観光地の伴走支援や国際認証に関するコンサルタント業務を行うほか、自治体の観光計画策定やコーディネーターネットワークの構築等に携わる。
木名瀬さんはご自身のテーマである「観光を通じた地域づくり」を軸に、弟子屈町推進協議会での観光を基軸としたまちづくりを考える活動、地元のサイクリングイベント事務局、トレイルの整備をする団体などに関わっています。
また、全国の自治体でニーズが高まっている持続可能な観光の国際認証の取得支援を行うなど、弟子屈町だけにとどまらないご活躍をされています。
村上晴花(むらかみ・はるか)さん
1995年大阪府生まれ。
酪農学園大学で野生動物管理・ヒグマのことについて学び、2017年から知床のリゾートホテルを運営する「北こぶしリゾート」に入社。
2020年から広報担当につき、CSV活動である「ヒグマとの共存を目指す活動『クマ活』」を担当。
個人として、知床ゴミ拾いプロジェクトでのゴミ拾い活動や、シレトコノミライミートアップ企画、地元住民で作るファッションショー「しゃりコレ」の実行委員長なども務める。
村上さんは大学で野生動物管理・ヒグマのことについて学ぶなかで、知床の雄大な景色に惚れ込んだそうです。
現在は北こぶしリゾートで仕事をする傍ら、個人活動として知床ゴミ拾いプロジェクトなども行っています。
2023年には『シレトコノミライミートアップ202』というイベントを実施。そのイベントや地域でのワークショップの中で出たアイデアを発展させて、ファッションショー『しゃりコレ』を2023年12月に開催など知床の自然、人に積極的に関わり続けています。
お二人の共通点は観光。観光とリジェネラティブにはどんな関係があるのかが最初の話題に。
植原:
「観光客が来れば来るほどエネルギーを使ったりゴミが出たりと、自然も地域も疲弊してしまうという状況が顕在化していると思うんです。だから、人が来れば来るほど地域経済も自然との関係も良くなっていくというあり方が模索されるべきだと思っていて」
木名瀬:
「そうですね。一般的にたくさん人が来ることは、自然環境にネガティブなインパクトを与えることが多いです。人が来れば来るほど良くなるツーリズムを推進していくのが理想だなと思ったんですが、そもそも『良くなっていく』っていうのはどういうことなんだろうとお話をお聞きしながら考えていました。
大きく3つアプローチがあって、一つ目はお金。金銭的な流れで地域を良くしていく。
もう一つは村上さんが行われているゴミ拾いプロジェクトに象徴されるような、環境保全活動のための実質的な貢献。
そしてもう一つが地域の自然の良さや文化を色々な人に知っていただくことで価値の再認識をしていただく意識変容。この3つがあるかなと考えています」
「お金の流れで自然環境に良い影響を与える」という事例で木名瀬さんが取り上げたのは、アトサヌプリトレッキングツアー。参加費の一部を自然保全に活用しているのだそう。
植原:
「僕も旅行でいろんな場所に行くんですけども、旅行者として責任を感じる時代だなと。
自分がただ楽しんで現地での体験を味わって帰るだけで、果たしてその地域にいいことがあったのか。その地域社会や自然について考えると、『本当に行った方が良かったんだっけ』ということに向き合う人も増えていると感じています。
僕が開催している阿蘇草原ツアーでは、参加者に草原整備のために茅を刈ってもらうことをやっています。それなりに重労働なんですが、参加者の方はとても満足してくれます。その地域に貢献できたという体験がお土産になるからだと思います。
地域の人が汗をかきながらやっていることも、観光客にとっては楽しめる。そういったことが観光業における価値になってきていると思います」
村上:
「まさに『人が来れば来るほど知床が良くなる未来』を考え始めたときに、『知床ゴミ拾いプロジェクト』のことだと思ったんです。
ゴミ拾いプロジェクトは、観光客だけではなくて地域住民が一緒にゴミ拾いをすることで、今まで知らなかった街のことに気づくことができたりするんです。
『ここのご飯が美味しいからぜひ行ってみてね』なんて話をしながら歩く。ゴミ拾いを通じて、外から訪れた人がいつの間にか地域のコミュニティに入り込めているんです」
植原:
「消費型だった観光との対極にあるような事例ですよね。
木名瀬さんがおっしゃっていた意識変容に繋がっていくと思うんですけど、やっぱり都市部の人って全然自然に触れていない。
だから守るべき自然もわからない人が多いなかで、実際に自然に触れることによって、人の意識や価値観が変わるというもののインパクトは計り知れない物なんじゃないかと思います」
木名瀬:
「サステナブルツーリズムって、『誰もが幸せになる観光』というものを目指しているんです。『誰もが』とは、地域住民、地域産業、動物や旅行者など。
リジェネラティブツーリズムでは、環境や文化にどれだけよい影響を与えて再生していけるかというところがクローズアップされますが、実はサステブルツーリズムにおいても環境や自然、文化のインパクトを管理するという要素が多く含まれています。
弟子屈町では、地域づくりと観光をどのように結び付けていくかを考えながら『観光地域づくり』を推進しています。2022年に弟子屈町観光振興計画を策定したのですが、地域おこし協力隊をはじめ、若い移住者の方が弟子屈町に増えていて、地域が活気づいているのを感じます。
明るい話題が少しずつ増えていくことも、コミュニティベースで取り組む地域づくりの結果なのかなと思います」
植原:
「サステナブルツーリズムって、国際的な基準や認証があるので、僕もそれをベースに進めていくべきだと考えています。それが『徹底的に責任を持つ』ということかなと思ってるんですね。
環境負荷の話だけじゃなくて、自然環境に対しても地域に住んでいる方のどちらにも責任を持って、ガイドラインや基準を設けるという活動が大事。
一般に浸透したサステナブルな活動を建物の1階部分と例えると、その2階部分にリジェネラティブデザインの考え方である、自然再生やコミュニティが良くなる活動を作っていくことができるのではないでしょうか」
「現在取り組んでいることに何を付け加えられるとよりいいか?」という考え方が、実行のヒントになりそうです。
ここから、会場の方も交えてのセッションとなりました。質問や意見を求めると、会場からたくさんの手があがります。
1人目の質問者は弟子屈町のお隣、鶴居村からお越しいただいた、料理人の服部さん。
服部さん:
「僕は『ノマドシェフ』という、いろんな地域を旅しながら、生産者に会いに行って料理を作る活動をしています。
生産者に会いに行ったときに、その方の感性や哲学を聞くことがすごく好きなんです。その中で食文化を育んでいる自然環境にも目を向けなきゃなというのをすごく感じています。
僕が一人のシェフとして人と自然の関係性を再生していこうというとき、何をしたらいいんだろうと思いました。もし事例があったら、教えてもらえるとすごく助かります」
植原:
「ヒントになりそうなのが、イギリスのコスメブランドのLUSHの取り組みです。
会社で作成した環境基準に従い、調達すればするほど地域や自然環境が良くなる素材だけ調達しています。
料理においては、環境に配慮している生産者の方から食材を調達する仕組みにすることで、畑の環境を良くしていくことに貢献できるというアプローチが考えられます。料理をいただく方にとっても、食べれば食べるほどいいことになるじゃないですか。誰にとってもネガティブな気持ちにならないって大事ですよね」
2人目の質問者は、「道東テレビ」の立川さんから。
北海道東トレイルについて報道したところ、「自然破壊につながるのでは?」という意見をいただき、その受け止め方に悩んでいると言います。
立川さん:
「トレイルは自然に触れる環境をつくらないといけないという考えからなんですが、『自然破壊なのでは?』という意見に頷ける部分もあり……。こういったジレンマは、どうしたらいいでしょうか?」
村上:
「私自身、知床という世界遺産の近くで観光業に携わる者として、同じような悩みがあります。いまの私なりの結論は、『知床の雄大な自然をいろんな人と共有し、自然の良さを世界中の人と共感しあうことが大切』というもの。
知床の雄大な自然は、言語や文化の違いを超えて共感できる魅力だと思っています。その共感は、『この自然を守ろう』という共通の思いに繋がるはず。だからこそ、人間と自然が関わることには大きな意味があると信じて活動しています」
木名瀬:
「サステナビリティの観点から見ると、2つの側面があると思います。
トレイルを作るために草を刈ると、その草やそこに住んでいた虫を殺してしまっているかもしれない。そういう意味で自然に対するインパクトがあります。
ただ、村上さんがおっしゃったように、価値の共有ができる、そして理解者を増やすという側面もありますよね。そう考えると、自然に対する取り組みは解釈の問題なんです。こちらが信念を持って取り組む以外にありません。お互いの信念を発信し合うということがまずは大事だと思います。
例えば、トレイルを歩いた人からいくらか徴収し、自然保全に活用するという、誰が見ても分かりやすい仕組みをプラスしてあげることも考えられますね。『解釈』と『見える化』。この2つをヒントにしていただけたらいいなと思いました」
最後に
最後に三人の登壇者から一言ずつコメントをいただきました。
村上:
「私はいつの頃からか、『この地域に貢献できる人間になりたいな』と思うようになりました。
知床ゴミ拾いプロジェクトのように、月に一回でもいいからゴミ拾いをしたり、クマ活で草刈りを観光コンテンツに取り入れることで、ポジティブな影響が数えきれないくらい起こるんです。
地域住民の意識が変わったり、観光客とのコミュニケーションの場が生まれたり。これまでの活動で実感してきた観光の力を信じてリジェネラティブデザインの考え方を取り入れた活動をこれから構想していきたいと思います」
木名瀬:
「『観光の力を信じる』って力強くていい言葉ですね。
観光を通した地域づくりとは、地域住民の『こうしたい』という理想を追い求める活動をひたすらやっていく以外にないなと考えています。私自身は、『Think Globally、 Act Locally』、その逆の『Think Locally、 Act Globally 』を座右の銘にしています。どちらの視点も持ちながら、住民も観光客も責任を持って行動できるようなマネジメントを行っていきたいです」
植原:
「僕も村上さんの考えに同意します。
観光客が来るほど、地域社会も、自然環境も、観光客そのものも健やかになっていくという在り方を模索して地域のポテンシャルに繋げてほしいです。これからの観光はやっぱり『来たときよりも健やかに』なっていく形を目指してほしいですね。
その時に大事になるのが観光客をお客さんとして扱うんじゃなくて、その地域に初めから『参加する人』としてコミュニケーションをとっていくことではないかと個人的に考えています。観光客も地域へのの参加者として受け入れられることは、意外とポジティブにとらえてくれると思います。
最初は戸惑うこともあるかと思いますが、観光客を受け入れる地域側のスタンスが変わることで、『来たときよりも健やかに』なる観光の形が見えてくるのではないでしょうか」
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ここまでのレポート、いかがでしたでしょうか?
私自身は、このイベントを通して「リジェネラティブ」という言葉の意味を身近にある言葉に落とし込むことができないかと考えていました。
最終的に辿り着いた私なりの結論は、「三方良し」(売り手、買い手、世間の三つの立場が満足できる商売を目指すべきという、大阪の商人が唱えた経営哲学)。
私たち現代人は、自然を何らかの形で日々消費し続けています。現在の消費が三方良しでないからこそ、ある意味「売り手」である自然の状態が悪化しました。
「三方良し」の考え方を当てはめるなら、自然を買ってきた私たちの生活も、世間の状況も悪化するリスクを常に背負っています。そんな緊張感のある社会の中で、私たちが楽しく生きながら現状を打破する糸口を見つけるため、「まずはやってみる」人が増えることが必要だと感じたイベントでした。
今回のイベントのように、場所や年齢に左右されることなく学べるのが現代の良さ。私自身も道東に生きる1人の人間として、学びながら「まずはやってみる」を大事にしていきたいです!

酒井梨花
北海道幌延町出身。家族の転勤で小学6年生の春、北海道の東側にある標茶町に引っ越す。その後北海道立標茶高等学校を卒業し、北海道教育大学釧路校へ入学。大学在学中1年間休学し認定NPO法人カタリバが運営するコラボ・スクール双葉みらいラボで教育インターン生として活動。同大学を卒業後、浦幌町で働く。