INTERVIEW
キラキラしたUIJターンじゃなかった。都会で悩み、もがいて帰ってきた自分たちの話。
2026年10月17日(土)リトルドートー根室が東京で開催!
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「地元に帰って地域に貢献したい!」
「地元で起業しよう!」
――そんな前向きな理由ばかりじゃない。日々の仕事に追われ、このままでいいのかな…と悩み、モヤモヤを抱えていた日々。UIJターンを決断し、現在根室管内の役場で働く3名に当時の葛藤やリアルな本音を語ってもらいました。
山田 公平(やまだ こうへい)
1995年遠軽町生まれ。茨城大学を卒業後、北海道庁へ入庁。札幌市の本庁で3年勤務後、市町村派遣で中標津町役場へ3年間出向。その後道庁へ戻り、十勝総合振興局で2年勤務したのち今年4月に中標津町役場へ入職。総務部政策推進課企画調整係兼北方領土対策係 主事を務め、施策取りまとめなどを担当する。31歳。
佐藤 洸介(さとう こうすけ)
1996年別海町生まれ。北海学園大学を卒業後、営業として民間企業に新卒入社し、札幌市で営業補佐を務める。2年勤務後、北見市へ異動し4年間営業として勤務。2025年4月に中標津町役場へ入職し、現在経済部農林課自然環境係 主事として、クマなどの有害鳥獣駆除をはじめとする動物関係の仕事に従事する。29歳。
石本 有紀(いしもと ゆき)
1991年神戸市生まれ。北海道大学を卒業後、地元近くの大阪府へJターンし、学習塾を運営する会社への入社、窓口受付業務を担当。その後1年間札幌市へ滞在し、2023年4月に羅臼町役場へ入職。現在教育委員会学務課主事を務め、外国語指導助手や学校支援員のサポート、バスの調整などの業務を担当する。34歳。
募っていくモヤモヤと転職を決意するまで
――みなさんが都会で働くなかで、「いまの暮らしのままでいいのだろうか…」と感じ始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか。
山田 札幌にいた頃は、特に残業が多かったなど厳しい環境ではなかったんです。周りの職員の方にもとても良くしていただきました。ただ、北海道庁の本庁にいたこともあり組織の規模が大きく、自分が進めている仕事がどこの誰にどのように影響しているのかがわからないことが多くて。仕事ができるようになっていくこと自体はうれしかったのですが、結局どうつながっているのかという部分にモヤモヤを抱えたまま続けていました。
佐藤 僕が在籍していた会社では、営業職の社員は社用のスマートフォンを持っていて、つねに胸ポケットに入れていたんです。電話を肌身離さず持たなくてはいけない環境で、休日でもそのスマートフォンがブーッと動いている感じがしていたんですよね。得意先が小売業だったこともあり、土日休みではあったものの関係なく対応する必要がありました。加えて、前職では道内の主要都市のどこかへ急に転勤になる可能性もあり、定住したい思いもずっとありましたね。
石本 私は仕事の内容自体は単純だったのですが、塾なので土日祝日が関係なく休日が少ないうえ、自宅から遠い場所に配属されたので片道約1時間半を通勤に費やしていました。夏は猛暑で職場に着く頃には汗まみれになる状況も辛かったですね。また、前職では受付は若い女性ばかりでした。30歳くらいになると、自分より上の年齢の方たちがほとんどいなかったんですよね。いつまでこんな制服を着て仕事ができるのだろう、と考えるようになりました。

――仕事を辞めようと思ってから、すぐに退職を決断できたのでしょうか。
山田 市町村派遣で中標津町役場に出向した経験を経て、道庁での仕事が本当に自分に合っているのかを深く考えるようになりました。役場では住民の方との距離が近く、仕事の結果がはっきりと目に見えたことにやりがいを感じたんです。ただ、親へ相談すると「今の仕事を辞めて本当に後悔しないのか?」と言われたり、仲のいい同期に相談したり、アドバイスをもらうなかで、本当に辞めてもいいのだろうか…とくよくよと考えてしまい、なかなか決断することができませんでした。
――やはりすぐに結論は出せないですよね。どんなことが決断のきっかけになりましたか。
山田 出向時代にお世話になった当時の課長にも昨年春ごろからよく話を聞いてもらうようになりました。課長に仕事を変えようと思っていることを相談する中で「山田君と一緒に仕事をした3年は有意義だった」「中標津町もぜひ検討してください」と声をかけてくださったんですよね。そうしてくよくよと悩んでいたことが、はっきりと中標津に戻りたいと定まってきました。課長と話すなかで「戻ってきてくれるとうれしい」という言葉が決断の最後のひと押しになりました。すごく必要とされていると感じて心に響きましたね。
――佐藤さんと石本さんはいかがですか。

佐藤 社用スマートフォンを持ち続ける生活が本当に苦手で。旅行先でも仕事のことを気にするような状況だったので、営業は向いていたし魅力ある仕事でしたが、定年までは働けないと思いながら仕事をしていました。そんな時、祖母が入院したんです。僕はおばあちゃんっ子で、育ててくれた祖母の死に目に会いたい気持ちもあり、地元に帰ろうと思い始めたんですよね。祖母は今年の7月に亡くなりましたが、無事に見送ることができました。
石本 実は、大学を卒業してすぐに北海道で就職したい気持ちがありました。親へ相談したら「戻ってきなさい」と言われたこともあり戻ったのですが、30歳になったし、職場での制服もだんだん似合わなくなってきたので辞めることを決め、一度札幌へ行こうと考えました。1年間にどのくらいお金が必要で、自分の貯金では何年持つかを計算し、2年ほどはなんとかなるだろうと考えて無職になりました。札幌で過ごすなかで仕事が見つかればいいなくらいの軽い気持ちでしたね。
――お二人はどのようにして役場へたどり着いたのでしょうか。
佐藤 退職後に転職サイトなどで情報を探すなかで、地元の新聞で中標津町役場の募集を見つけました。何社かの中途採用試験を受け、一般企業と役場とどちらも受かったんです。ただ、一般企業の職種は営業でした。営業を辞めたくて転職活動をしていたのになぜまた営業をやろうとしているんだ、とふと我に返って役場を選びました。
石本 私はシャチが大好きで、毎年羅臼に来ていました。仕事がなくなったから平日にいつでも行けるんだと思ってその日も羅臼へ行くと、海が荒れてしまって。船が出なくなり、旅館の部屋でネットサーフィンをしながら町について調べているとちょうど羅臼町のホームページに採用情報が出ていました。おもしろそうだし、当たって砕けろの精神で応募してみようという軽い気持ちで受けたら採用してもらったんです。なので、決断のきっかけをくれたのはシャチだったかもしれません。
田舎での生活のリアル
――都市から中標津と羅臼に移住して、困ったことはありましたか。

山田 中標津は住みやすいのですが、家を探すのは本当に大変でした。そもそも需要に対して供給があまりなく、物件が全然ないんです。あったとしても、もう少しきれいなところがいいなと思ったりするとなかなか見つけるのが難しいですね。
佐藤 僕もしばらくの間家が見つからず、実家の別海から通っていました。都会と比べるとアパート自体が少なく埋まってしまっているので、選り好みはできないですよね。新築アパートの数は増えてはいますが、まだ追いついていない状況で、それなりに家賃も高いです。
石本 羅臼も大変ですね。不動産屋さんがなく、家を探すときは大家さんへ電話するんです。私は内見に行かずに決めたら、洗濯機の排水口がなくて。ただ、前の住人が工夫してくれていて、ホースを延長して風呂場へ流すような仕組みになっていました。大阪に住んでいた頃も洗濯機がベランダにあったのでそれと一緒だと思いましたね。
山田 あとは、旅行に行くとなると札幌に住んでいたほうが行きやすかったです。中標津には空港もありますが、車で道東以外へ行くとなるとよっぽど体力がないと気軽に遊びに行けないというのはありますね。
石本 私も水族館が好きなので、行きたいと思ったときにどこも遠いというのは不便に感じます。ただそれ以外はゲームしかしないので家で事足りてしまうんですよね。都会にいても羅臼にいても家の中で完結するので困ってはいないです。
佐藤 都市だと、仕事が終わったらぷらっと飲みに行けますよね。中標津だと気軽に行けないので、そういう部分では少し寂しいですね。みんなでワイワイできる場があるといいなとは思います。

戻ってからの働き方の変化
――転職してからの働き方についてはどうでしょうか。
山田 正直、収入面では落ちるのかもしれませんがそこまで大きく変わらないですし、仕事のやりがいを考えるとあまり気になりません。行政職はどこもそうだと思いますが、業務の幅がすごく広いので、違う部署へ配属されれば仕事内容はまったく違います。現在の部署も初めて経験することのほうが多いですね。
佐藤 クマの対応をしているので土日に電話が来ることもあるのですが、係が2人体制になったことは大きいです。「今度の土曜は町外へ行くので電話番お願いします」と言えるようになっただけで、かなり気持ちが楽になりました。また、圧倒的に残業が少なくなりました。前職と比べると収入面では減りましたが、それ以上に気持ちや時間の余裕が生まれて健康的に過ごせていると感じます。
石本 いろいろな仕事を任せていただいていて、日々トラブルも起こります。大変ですが、頼っていただけるので私がやらなくては、という気持ちがやりがいにつながっています。前職では誰がやっても一緒の仕事だったんですよね。もちろん楽しさもありましたが、それとは違う責任を感じ、毎日が充実しています。
――最後に、都会でみなさんが悩んだように仕事を辞めて地元に帰りたいと思っている方へメッセージをお願いします。

山田 まずは会社の同期や地元の友人など、いろんな人に話してみるのがいいと思います。話すことで、客観的に自分の状況を見ることもできるからです。誰かに話を聞いてもらうことが大切だと感じます。
佐藤 みなさんも一度都会を自分で選んだとは思いますが、本当にそこで働く意味があるのか、そこではないとダメなのかということを立ち止まって考えてみてほしいです。誰かと比べるのではなく、自分の意志で心地よく生きていける場所を選んでいけたらいいですよね。そこではなくてもいいと思ったのであれば、いろんな場所を見て選択してほしいと思います。
石本 人生一度きりですし、本当にその暮らしを一生続けるのか、続けたい仕事なのかを考えたほうがいいと思います。そして、一度仕事を辞めてしまったとしても意外と生きていけます。辞めたらすべてが終わってしまうということはないので、辞めることに対してそこまで怖く思う必要もないですよ。

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