標津町で暮らす理由。——「孫ターン」と「先生の助言」、そして“自分の特性に合う暮らし”の話
「何もない町だよね」——道東で暮らしていると、そんな言葉を聞くことがあります。でもその“何もない”の裏側には、誰かにとっての“余白”があって、暮らしを自分で面白くできる余地がある。
標津町役場で働く小田桐さんと澤合さんは、どちらも標津出身ではありません。
「孫ターン」で来た人。先生から「狭いコミュニティで生きていけ」と助言されて来た人。
入り口は違うのに、気づけばそれぞれがこの町で8年、11年。仕事だけじゃなく、暮らしそのものを“自分に合う形”で組み立てながら、標津での毎日を続けています。
飲み屋のルーティン、噂話さえも“最高のつまみ”に変える感覚。子どものために始めたはずが、道東最大級の規模になっていったラジコン・サーキット。そして「この町に未来はある?」という問いに、2人が出した答え。
標津町で暮らす理由は、案外シンプルで、すごく個人的で、だからこそリアルでした。
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プロフィール紹介
小田桐 拓矢 (教育委員会管理課)
神奈川県生まれ神奈川育ち。大学卒業後、民間企業勤務を経て、祖父の暮らす標津町へ“孫ターン”で移住し、標津町役場へ入庁。総務課で自治体DXなどを担当後、現在は教育委員会に所属し、老朽化した教育施設の建て替え構想に携わる。3児(7歳・4歳・1歳)の父。子どもの学びの場をつくりたいという思いから、道東最大級のラジコンサーキットの立ち上げにも関わる。
澤合 航 (建設水道課)
北海道大空町出身。札幌の大学卒業後、ゼミの先生からの紹介をきっかけに標津町役場へ入庁。建設水道課の土木技術職として、道路・橋梁の維持管理や工事監督業務、冬季の除雪体制の調整などを担当する。「狭いコミュニティで生きろ」という恩師の言葉を胸に、小さな町ならではの関係性の中で仕事と暮らしを楽しんでいる。
なぜ標津に来たの?——「孫ターン」と「狭いコミュニティで生きろ」
-そもそも、どうして標津に来ようと思ったんですか?
小田桐さん:一番大きいのは、祖父の存在ですね。父が標津出身で、祖父母がずっと標津に住んでいました。自分は神奈川生まれ神奈川育ちなんですが、子どもの頃は長期休みに標津へ帰省していて。海で遊んだり、雪で遊んだり、断片的な記憶が残っている場所でした。
大学を出て民間企業に1年勤めていた頃、祖母が亡くなる前に「標津に親戚が居なくなってしまう」と寂しそうにしていたのを聞いていたんです。もともと北海道で働いてみたい気持ちはどこかにあった。「じゃあ自分が行こうかな」って。標津に行くよと伝えたとき、祖父はとても喜んでくれて。「孫ターン」ですね。
-一方で澤合さんは、就職の入り口に“先生のひと言”があったんですよね?
澤合さん:大学のゼミの先生に言われたんです。「お前は狭いコミュニティで生きていけ」って。当時は何のことか分からなかった。でもこっち来て、だんだん実感してきました。
働く人も限られてくるし、役場だと余計に。自分は技術職で異動も少ないから、ずっと同じメンバーと仕事することも多い。飲み屋も少ないんで、行ったら「澤合来てるね」みたいに声かけられて。最近になって、先生の言葉が響いてきて、「この町でよかったな」って思うようになりました。
-“狭いコミュニティ”って、ネガティブに語られがちじゃないですか。噂話とか、閉塞感とか。でも、合う人には合う。むしろ、そこで生きやすくなる人がいる、ってことですよね。
澤合さん:田舎特有の噂話とか、最初は気持ち悪いなと思ったんです。でも、今では自分も言うようになってしまい….。今は面白がれる自分がいる。あと、標津には僕みたいに他の町から来た人も多いので、「ここ嫌だよね」みたいな本音の話も共有できる。その“分かり合い”も大きいです。
結果的に住んでてどう?——暮らしの楽しみは「飲み」と「ラジコン」
-仕事だけじゃなく、プライベートの楽しみが“この町にいる理由”になる人っていますよね。お二人はどうですか?
小田桐さん:ラジコンのサーキットを作ってやってます。

-元々、趣味だったんですか?
小田桐さん:もともと自分がラジコンやってたわけじゃなくて。子どもに“学び”みたいな環境を作りたいなと思ったのが出発点です。
この町って「やることがない」って言われがちなんですけど、逆にラジコンユーザーって意外と“隠れてる”。やりたいって言ったら「じゃあやろうよ」ってなって、教えてもらいながら作っていって。気づけば箱が大きくなっていって…今は固定で置いてるサーキットとしては、道東で一番大きいと思います。
-子どものため、が起点で始めたんですね。
小田桐さん:メンバーは多かったときで10人超えるくらい。今は8人くらいで年齢層は40代後半〜50代が大半で、30代の自分がポツンって感じです。
自動車の10分の1サイズの電動カー本物を触る感じに近いですよね。パソコン上だけじゃなくて、触って、ちょっと変えたら動きが変わる、って体験ができる。そういう“機械に触れる学び”は意味があると思ってます。AIが進む中で、人間でしかできない部分を身につけてほしいなって。
-とてもいい話ですね。そして結果、標津に人が来るようになったとお聴きました。
小田桐さん:そうなんですよ。面白いのが、メンバーのほとんどが標津の人間じゃない。別海だったり、釧路から来たり、網走から来たり、北見方面の人もいる。
道東に住んでても「標津ってどこ?」って人、実はかなりいるんですよ。だから“遠くから移住者を”ってだけじゃなくて、「周りから知ってもらって、周りに来てもらう」っていうニーズは大きいと思いました。

趣味はない。でも“飲み屋の少なさ”が逆に良い
-澤合さんは仕事以外の楽しみってあります?
澤合さん:逆に僕、趣味がないんですよね。強いて言うなら飲み歩き…になっちゃう。あと小田桐さんと年1回泊まりでスノーボードに行ったり、チカ釣り(氷上釣り)するくらい。
-飲み屋って、標津だと店も限られますよね。飽きないですか?
澤合さん:飽きてますよ(笑)。居酒屋も3、4件しかないんで。新しい発見はない。でも、一緒に行くメンバーと“噂話”をするのが最高のつまみになってきた。

-飽きる次元じゃない、ってやつだ…。
澤合さん:「ルーティンですよね。“ただいま”っていう。」“店に行く”というより、“戻る”に近い。小さな町の夜の楽しみは、選択肢の多さより、関係の濃さでできているのかもしれません。
-居酒屋で旬の幸を食べる!みたいな感じなんですか?
澤合さん:それが刺身は家で食べてきてるんで(笑)。魚は漁師さんにもらって、家で食べる。だから居酒屋で季節の旬の幸を食べるとかではなく、居酒屋では枝豆をつまむ…と。もちろん標津に訪れたお客様が来る時は旬の美味しいものを食べてもらいます。こんな話で大丈夫ですか?
-“豊かさ”の場所が、外食ではなく家にある。この感覚もまた道東の暮らしのリアルで、最高すぎます。
暮らし続ける理由——家族/仕事を任せてもらえる感覚/自分に合うサイズ
-標津にいる理由に、小田桐さんは家族、澤合さんは“自分の特性に合う”って話がありました。もう少し深掘りしたいです。まず小田桐さん、標津で暮らし続ける覚悟ってありますか?
小田桐さん:覚悟はしてないですね。流れに身を任せてる感じ。上の子が小学生になって環境的にもそのまま、というのはある。家も祖父が住んでた家に住んでるから家賃がかかるわけでもないし、「定着したい」って気持ちを強く持っていたり、執着しているわけじゃないです。
-“ここに骨を埋める”みたいな言い方じゃなくても、結果的に続いている、っていうリアルな話ですね。澤合さんは「狭いコミュニティで生きろ」の言葉が、仕事にも効いている。
澤合さん:現場行ったら「澤合くん」って言ってくれる人もいる。建設現場ってコミュニケーション大事なので、そこは活きてると思います。
小田桐さん:澤合くんは飲んだ時のノリは、いまだに大学生みたい(笑)。毎年いくスノーボードも、滑るのが楽しいというより、みんなでワイワイして夜の飲み会を一番楽しみにしてる。
-美味しくお酒を飲むためのボード(笑)
澤合さん:体力削って、美味しくご飯食べるために、ちょっと滑る、みたいな。
-ただ真面目に頑張るだけじゃなく、暮らしの中に小さな遊びを混ぜていく。それが、続けられる理由になっているという感じですね。いいな。
仕事の話——「小さい町だからできる大きな仕事」
-ここまで暮らしの話をしてきましたが、お仕事の話も聞聞かせてください。
小田桐さん:去年2025年4月に教育委員会に異動しました。それまではほとんど総務課で、自治体DXみたいな、ざっくりいうと業務が滞らないようにデジタル化しよう、って業務の担当でした。現在の教育委員会では、標津市街の教育施設が老朽化しているので、複合施設の建て替えの構想・計画を作っています。町民の声を聞きながら進めているところです。
澤合さん:道路や橋の維持管理、工事の積算や監督業務です。冬は除雪業者さんの取りまとめとか、直営もあるので朝早く出て…自分は重機を運転する免許はないので運転はできないんですけど、助手席で横に乗っている、みたいなこともあります。
-技術職の採用はどこも地域も厳しいと聞いています。標津を選んでもらうには?
澤合さん:まず「標津町ってどこ?」から始まるので…。ネームバリューがない分、環境がいいよっていう話を良くしているしそれが私の標津のいいところだと思ってます。働いてる人の人柄を見てもらって「ここで働きたい」ってイメージを持ってもらう。だからインターンに来て、町の様子見て、って話はします。
-役場の仕事って“どこも同じ仕事”と言われがちですが「この町で公務員として働く理由」って説明できますか?
小田桐さん:全然違うと思います。例えば中標津みたいに人口が2万人超えると、町のワークショップで会っても「その人知らない」ってことが普通にある。でも標津はコミュニティが小さい。先日ワークショップで40人集まった時も、見たことある人ばかりだった。人口5,000人規模で40人集まるって、5万人規模なら400人と同じ影響力ですよね。
小さい町だからこそ、意見の重みも、職員1人の責任も大きくなる。
澤合さん:僕も「小さい町だからできる大きな仕事」って感じはあります。例えば除雪の日報管理のシステムを入れたいって上司に言ったら「やってみろ」ってなって、今年から運用できるようになった。若いからって意見を否定されるわけじゃない。反映されやすいのは、ちっちゃい町の良さだと思います。
孫ターンの、その先——「押し付けない」と決めた理由
-小田桐さん、幼少期に標津に帰省していた記憶もあると思います。標津の印象ってどうでした?
小田桐さん:何もないのはもちろんですけど、冬は雪があって、当時は夏でも海で遊んでた印象が強い。ただ、今は海に入ってる子ってあんまりいない。幼少期の頃から町が大きく変わってるなと思います。店も少なくなってますよね。
-標津に赴任するとき、おじいちゃんの反応は覚えてますか?
小田桐さん:標津に行くよって話したら喜んではいたかな。ばあちゃんがいたから来た、って感じなので、ばあちゃんが喜んでくれるといいな。
-自分の子どもには標津に戻ってほしいって思います?
小田桐さん:それは思わないですね。自分が好き好んでここにいるだけで、それを子どもに押し付けようとは思ってない。本人がこの町にいたいならそれでいいし、外に出たいというなら尊重したい。
-“戻ってきてほしい”ではなく、“選べるようにしておきたい”。孫ターンの当事者だからこそ、次の世代に同じルートを強制しない。この距離感が誠実で、今の時代って感じがします。
この町に未来は?——「ないなりの楽しさ」と「教育を起爆剤に」
-最後に他の町にもしている共通質問をさせてください。「標津町に未来はある?」——一町民として、どう感じますか?
澤合さん:魚も取れなくなってきてるし…って現実はある。でも取れなくなってきたからこそ、漁師さんたちもいろいろ考えて頑張ってる。「明るい」って言い切るかは難しいけど、ないならないなりの楽しさはある。住んで8年だけど、未だに新しい発見がある。そういう意味では、長く住んでいられる町だと思います。
小田桐さん:自分が今やってる仕事が、新しい施設を作るっていう“未来側”の仕事なので、それが起爆剤になって町が活性化していけばいいと思ってます。教育っていうところから移住者を増やすことも考えている。「この教育があるから、この学校があるから」って理由で、札幌や東京から越してこよう、って思える施設にしたい。
-教育でそういう機会を作れる可能性があるってことは“唯一無二の素材がある”ってことですよね。だからこそ投資する価値がある。
小田桐さん:頭の片隅に財源がチラチラするのは正直ありますけどね(笑)。実現できるようになんとかがんばります。
まとめ——「狭いコミュニティ」は、弱点じゃなく“適性”になる
標津で暮らす理由は、派手なキャッチコピーでは語りきれない。家族がいるから。任せてもらえるから。面白い余白があるから。そして何より、「自分の特性に合っているから」。
“狭いコミュニティ”は、誰かにとっては息苦しさになる。でも澤合さんは、そこが自分の生き方にフィットしていくのを、時間をかけて確かめた。小田桐さんは、孫ターンの背景にある家族の記憶を抱えつつ、子どもには“選ぶ自由”を手渡そうとしている。
標津町の未来は、楽観だけでは語れない。けれど、「ない」からこそ「つくれる」余白がある。その余白を、暮らしの楽しみと仕事の手触りで埋めていく人がいる限り、町はきっと、ゆっくり前に進んでいく。
根室管内4町の仕事と暮らしを知るイベントへ
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