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物理的な距離を「データ」で飛び越える。北見・桑原グループが仕掛ける「製造の民主化」と3Dプリンターが変えるオホーツクの未来
北見駅から車を走らせること10分弱。北見工業大学の目の前に、洗練された外観で異彩を放つ複合施設「KIT FRONT」が見えてきます。
ここを拠点に、道東の老舗企業・桑原グループが未来への一手として本気で取り組んでいるのが「3Dプリンター事業」です。

ラボのテーブルに置かれた、ずっしりと重みのある複雑な曲線のカーボン調部品。あるいは、泥にまみれて働く農機具の欠損を補うための、特殊な形状のパーツ。
それらを初めて手に取ったとき、「これが、あの3Dプリンターから生まれたのか」と多くの人が驚くと言います。

これまで、広大なオホーツクの産業を支える製造・修理の現場には、抗いようのない「宿命」がありました。
それは、中央から切り離された物流の末端であること、そしてメーカー都合の廃盤によって、突如として修理の道が閉ざされてしまうこと。
指先に乗るほどの小さなパーツが一つ欠けただけで、地域の経済を回す巨大な工場のラインが止まり、命とも言える農機具が沈黙を余儀なくされる。さらに、遠く離れた地へ部品を届けるためには、膨大なエネルギーと物流コスト、そして「時間」という名の代償が払われてきました。
この「距離のハンデ」と「供給の断絶」。地方が長年抱え続けてきた切実な不条理と、それによって失われてきた数々の機会に対して、桑原グループは今、デジタル製造という新たな武器を携えて真っ向から立ち向かおうとしています。
創業80年、食のインフラを支え続けた「黒子」が、健全な危機感を持って挑む新領域

桑原グループの歩みは、昭和21年、終戦直後の北見の小さな作業場から始まりました。
現社長である桑原賢史朗社長の祖父母が創業し、今年でちょうど80周年。
「信じられる人になる。」というスローガンを指針に、現在は電気・防災の「桑原電工」、通信・自動車電装を展開する「桑原電装」、今回ご紹介する3Dプリンター事業や冷凍冷蔵設備の「桑原冷熱」の3社を中心に、オホーツク、ひいては北海道全域の暮らしを支えています。

「北海道の基幹産業である食産業の『黒子』として、時代の変遷に合わせて最新の技術と経験を積み重ねてきました。
先輩たちの活躍のおかげで現在の会社がありますが、激変する今の時代、今まで同様の取組だけでは明るい未来はない。健全な危機感を持って、新しい柱を作らなければならないと考えました」
そう語る桑原社長が3Dプリンター事業に着目したのは、オホーツクの現場で直面していた切実な課題がきっかけでした。
コロナ禍以降、製造中止などで部品が手に入らない、あるいは納期が絶望的に遅いというケースが激増。修理を本業としてきた彼らにとって、パーツの入手困難は死活問題でした。
「パーツがないから直せません、とお客様に言いたくなかった。また、熟練工の素晴らしい技能をどう次世代へ継承していくかという難しさにも直面していました。
その両方を解決する手探りのチャレンジとして、3Dプリンター事業に飛び込んだんです。正直に言えば、純粋な『ものづくり』への憧れもありました」
80年という歴史に胡座をかくことなく、最新の「ハイテク」を、確かな「人の手(ローテク)」で地域へ届ける。その覚悟が、この事業の根底に流れています。
「魔法の箱」の正体。100人中99人が知らない「産業用」の真実と可能性

「正直に言って、世の中の100人いたら99人ぐらいは、3Dプリンターで何ができるのか、本当の意味では知らないと思います」
そう苦笑いしながら切り出したのは、前職の機械設計のスキルを提げて北見へUターンし、本事業の立ち上げを担った澤山和弘さんです。
多くの人が抱くイメージは、ニュースで見る「家が建つ」という極端なトピックか、家庭用の「おもちゃ」の域を出ませんが、KIT FRONTにあるのは「産業用」のマシンです。
「家庭用と産業用で決定的に違うのは、扱える素材の選択肢と、造形の精度です。
私たちがメインで使っているのは、ナイロン系にカーボンを配合した高強度素材。アルミと同等の強度を持ちながら、圧倒的に軽い。
これを使えば、単なる模型ではなく、実際に機械に組み込んで稼働させる「最終製品」が作れるんです。」

現在、施設では主に樹脂ベースの産業用3Dプリンターを保有しており、ナイロン系にカーボンファイバーを組み合わせた高強度材料を用いた機種と、POTICON(PA・PPSなど)の実用樹脂に対応した機種を、用途に応じて使い分けています。
いずれも最終部品として使用可能な材料ですが、前者は高剛性・高強度が求められる用途に適しており、後者は耐熱性や耐薬品性といった環境性能に優れ、試作から実用部品まで幅広く対応できる柔軟性と短納期対応に強みがあります。
さらに、こうした製造体制に加えて、ハンディ型の3Dスキャナーも導入しており、図面のない現物からでも高精度なデータ化が可能です。設計から製造まで一貫して対応できる点も、大きな強みとなっています。
「得意なのは『多品種少量生産』、そしてもう手に入らなくなった『廃盤部品』の復元です。
金型を作れば数百万円かかるような一点物のパーツでも、3Dプリンターなら数万円、かつ短期間で形にできる。
たった一つの小さなパーツが壊れただけで、何千万もする巨大な農機具や工場のラインが止まってしまう。そんな地方の不条理を解消し、機械の生産停止を防ぐことが私たちの使命です。」
北見工大の才能とUターンの知性が共鳴する「リバースエンジニアリング」の最前線

この事業を支えるのは、機械設計のプロである澤山さんと、北見工業大学大学院で3Dプリンターの研究に没頭していた淤見(おみ)貴峰さんのコンビです。
この事業の立ち上げを担った澤山さんは前職で東京にて機械設計に携わり、3Dデータのスペシャリストとして活躍していました。
当時、桑原社長は「ものづくりを通じて地域に貢献したい」という新たな構想を抱いていて、一方で澤山さんは、地元である北見へのUターンを考えていた時期。
二人の「ものづくりへの情熱」と「地域への想い」が共鳴し、ヘッドハンティングという形で澤山さんの参画が決定します。 そこから約3年の準備期間を経て、老舗企業の信頼と最新の設計技術が融合し、新たな挑戦が動き出しました。

一方の淤見さんはKIT FRONTの目の前にある北見工業大学の出身。生産加工システム研究室で3Dプリンターに関する研究をおこなっていました。
「大学時代から、3Dの印刷技術がどう進化していくのか、その最前線に触れていたいという思いがありました。2Dの印刷が成熟した今、3Dにはまだ見ぬ可能性がある。そんな時に教授から紹介されたのが、桑原グループでした」と淤見さんは振り返ります。
二人が得意とするのは、単なる出力代行ではなく、高度な「リバースエンジニアリング(逆行工学)」です。
実物をスキャンし、そこから最適な設計を施して新たな製品として送り出す。その精度は、プロの現場でも高く評価されています。

一例として、車いすカーリング用の「デリバリーヘッド」の製作があります。選手がストーンを押し出す重要な道具ですが、既存製品にはない使い勝手を追求し、選手との対話を重ねて設計から自社で行いました。
「実際に使った選手から『確実に良くなった』と言っていただけたのは嬉しかったですね。でも、同時に『次はここをもっとこうしてほしい』というフィードバックももらえる。そのブラッシュアップのスピード感こそが、3Dプリンターの醍醐味です」
さらに、北見市と高知市の交流事業における記念品製作など、地域貢献の事例も増えています。設計スキルと最新鋭の機械が掛け合わさることで、北見という場所から「世界に一つしかない価値」が次々と生み出されています。
KIT FRONTが目指す、地域に開かれたラボ
「この施設(KIT FRONT)、そもそも入りにくいと思われているかもしれませんが、私たちはむしろウェルカムなんです」と澤山さんは笑います 。

KIT FRONTは、桑原グループの三社の新規事業担当者が集まり、ドローンや3Dプリンター、ロボットといった領域の垣根を超えてシナジーを生み出す拠点として設計されました。
それに加えて、事務所としてのテナント、スターバックスコーヒーが隣接された複合施設になっています。
「誰のお客さんでもいいんです。気軽に立ち寄って、『うちにこういうプリンターがあって、こんなことができますよ』という説明を聞くだけでもいい 。ガチャっとドアを開けて入ってきてもらえたら、技術を布教できる身としてはこれほどありがたいことはありません」

取材中、カメラマンが「カメラ機材で、ここがもう少しこうだったら痒いところに手が届くのに……」と漏らすと、澤山さんの目が輝きました 。
そんな日常のちょっとした不便や、「こんなの作れる?」という素朴な疑問やディスカッションから、新しいものづくりの種に繋がっています。
「遠方の方や、まずは概算を知りたいという方のために、WEBサイトからの注文・問い合わせ体制も整えました」
これまで対面での相談が主だったこの事業ですが、2024年11月、より広く門戸を開くために公式サイトが本格始動しました。

サイトでは、これまで培ってきた製作事例の紹介はもちろん、製作したい物の形状データ(STL等)や写真をアップロードすることで、スムーズに概算の見積もりや相談ができる仕組みになっています。
「『こんな古い部品だけど直せる?』といった写真一枚の相談からでも大丈夫です。WEBを通じて、北見という物理的な距離を感じさせないスピード感で対応していきたい。北海道内はもちろん、全国どこからでも、私たちのリバースエンジニアリングの技術を活用していただきたいですね」
地方の課題を解決する技術は、いまやWEBを通じて全国へ、そして世界へと繋がる準備ができています。

さらに、淤見さんは地元の若い世代への期待を口にします。
「特に北見工業大学の学生さんや、地元の高校生たちと繋がれたらと思っています 。若い子たちがここで最新の技術に触れることが、一つの原体験になって、将来のキャリアや進路に良い影響を与えられたら嬉しいですね」
KIT FRONTは、単なる「工場」ではなく、地域のクリエイティビティが集まる「広場」のような場所を目指しています。
ドローン事業とのシナジーが描く、物流の壁を超えた「地産地消」の未来像
KIT FRONTには、3Dプリンター事業と同じく、桑原グループが10年前から心血を注いできた「ドローン事業」も拠点を構えています。

「ドローンは当初の5〜6年は辛抱の連続でしたが、ここ数年は右肩上がり。一次産業の皆さんのお役に立てている実感が湧いてきました。省力化・省人化で地域を支えたいという思いは、両事業に共通する柱です」と桑原社長は語ります。
オホーツクという広大な土地において、常に課題となるのが「ロジスティック(物流)」のハンデです。部品一つ届くのにも時間がかかる遠隔地。しかし、澤山さんはこの課題を技術で無効化しようとしています。

「データのやり取りには、関税も送料もかかりません。北見で作ったデータを、即座に世界中の拠点へ送り、現地で出力する。あるいはその逆。物理的な輸送を待つのではなく、データを送信すれば、現地のプリンターから物が出てくる。これは究極の地産地消であり、物流の2024年問題への一つの回答でもあります」
さらに展望は広がります。地元の廃棄物をリサイクルして3Dプリントの素材(フィラメント)に再生し、再び地域で使う道具を作る循環型モデルの開発。ドローンの部品が現場で壊れても、地元の素材で即座にプリントして修理する。「北見で完結する製造業」という未来予想図は、着実に現実のものとなりつつあります。
「信じられる人」が創る、自分の子供を入れたくなるような会社のカタチ

80周年を迎え、さらなる進化を遂げる桑原グループ。しかし、その根幹にあるのは、創業時から変わらない「誠実な人づくり」です。桑原グループが目指すのは、数字上の成長だけではない、地域に愛される企業の姿でした。
「地域の優秀な人材の受け皿となり、地域特有の課題解決に夢中で取り組む会社でありたい。職員が親戚や近所のおばちゃんに『あんた、いいとこ入ったね』と言われる会社。そして、自分の子供を入れたくなるような会社を目指しています」
その理想を体現するのは、日常の些細な振る舞いです。
「道端に落ちているゴミを自然に拾える人、コンビニの店員さんにもしっかり『ありがとう』と言える人。社内の大半がそんな人であれば、どんなに時代が変わっても変なことにはならんだろうと。そう信じて、新しい出会いを求めています」
「3Dプリンター」や「ドローン」といったハイテクな響きの裏側にあるのは、地道で、黒子で、何より誠実な「人の手」です。
「製造の民主化」を北見から。それは、大企業にしかできなかったことを、地域の熱いチームが実現可能にするという挑戦。
桑原グループが回し始めた新しいものづくりの歯車は、今日もKIT FRONTの静かな作動音とともに、次世代に誇れる未来を形作っています。
お問い合わせ先
株式会社桑原冷熱 / KIT FRONT 3Dプリンター事業部
所在地:北海道北見市柏陽町592−6 KIT FRONT内
事業内容:産業用3Dプリンターによる部品製造、リバースエンジニアリング、設計支援
KUWABARA 3D PRINT 公式サイト:https://www.kuwabara-3d.com/
桑原グループコーポレートサイト:https://www.kuwabara-net.com